東北STANDARD

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青森県八戸市

南部伝承イタコ

イタコ。
「南部地方」と呼ばれる、青森県東部や岩手県の北部・中部には、現在でもイタコがいます。
街中に「イタコはこちら」なんて看板が出ていますし、飲み屋のおばちゃんが「昔、熱が出たらイタコさんにかかったわ」
なんて話してくれたり、その存在はわりと当たり前のように受け入れられています。
死者の霊を降ろす、本州の最果ての恐山にいる、おまじないで病気を治す、などと断片的に耳にするイタコの情報はとても不思議なものばかり。
この東北の南部地方特有のイタコという文化は、いつから始まり、どのように社会の中に存在してきたのか。
南部地方に伝わる由緒あるイタコの後継者である松田広子さんと、南部地方の郷土史を研究している江刺家均先生にお話しを伺いました。
「そもそも、イタコってなんですか?」

「イタコ」ってなんですか?

東北スタンダード(以下、T):そもそも、イタコとはどういうことをする人なんですか?

松田広子(以下、M):集落の相談役ですね。外では誰にも話せないようなこと、例えば、悪口、小言などを相談にいらっしゃったり。あとはお祓い。数珠で体をお祓いしたり、虫歯だとか、手首が痛いとか、火傷、視力が落ちた、血圧が高い......など、体の部位や対象の方に合わせた呪文を唱えてお祓いをします。

江刺家均(以下、E):元々は、神様の声を私たちに伝えてくれる媒介としての役割がイタコでした。だから、人の前では言えないけれども、イタコが背負っている神様になら言える、イタコの前で溜めていたことを吐き出すことによって心の健康を取り戻す。ストレスを発散する。「病は気から」というように、心の健康を取り戻すためのまじないごと、お祓いをよろず相談のようにやってきたということですね。

M: 今でいうと、一種のカウンセラーみたいな感じでしょうか。人と対話することによって、気持ちを落ち着けているように思います。数珠を身体にあててお祓いをするので、直接身体に触れることで安心されることもありますし、ヒーラーのような役割もあるのかな、と感じています。
お腹が痛い、手首が痛いなど、その人に合わせた呪文を使うから、その人も安心しますし。

E: イタコは相談者のご先祖様やオシラサマという神様を介在して対話しますので、お医者さんの前で相談するのとは違って、「神様の 前だから、全部言っちゃっていいんだ」というように、すべてをさらけ出すことができます。病院と違って、ちょっと閉鎖されたところで相談しますし。そういう意味では、医者にはできないことがイタコにできる、そういうカウンセラーのような存在ですね。

江刺家 均(えさしかひとし):写真左

1949年、青森県八戸市生まれ。郷土史家。東北地方をはじめとした地方郷土史の研究を中心に、松田広子さんの恐山デビューをきっかけに出会う。

松田 広子(まつだひろこ):写真右

1972 年、青森県八戸市生まれ。200 年以上の歴史を持つ南部伝承イタコの六世代目にして、最後のひとり。幼少期からイタコと触れ合い、高校生の頃にイタコの門を叩く。

T: なるほど。相手が神様だから、なんでも告白できるし、口に出すことで癒されるんですね。
イタコってシャーマンのような役割だと思うんですが、どのくらいの歴史があるんですか?

E: ご存知のように、東北の北部には縄文遺跡がたくさんありますし、縄文時代にはイタコのような存在はあったと思います。当時の人たちが、目に見えない災いから身を守るために、(超自然的な存在と交信するような)特殊な力を持つ誰かに相談して、災いを未然に防ぐ試みをしていた。
それが、死者の魂と会うためにどうすればいいか、ということにつながっていって、今でいう「口寄せ」が生まれた。
家族、という存在ができてくると、一族をまとめるための神様であるオシラサマが出てきて、南部地方で広く信仰されるようになっていった。
そんな神様を遊ばせる「オシラサマアソバセ」という儀式が出来たり、一族郎党が飢え死にしないように五穀豊穣の祈願をしたり、そういうところからイタコが生まれてきました。

T: そんな存在が、この時代にも残っているというのはすごいことですね。

E: それは200年ほど前、イタコという存在がはっきりと職業化されたことが原因だと思います。
目の見えない人の専属の職業として、イタコというものが職業化されました。
イタコは各家庭に祀られているオシラサマを遊ばせて家族の絆を深めたり、さっき言ったようなお祓いをしたりするようになりました。それが山伏修験の女房たちによって組織化されたんですね。
その結果、師弟関係がはっきりわかるような形で、ちゃんと伝承されてきた。
江戸時代からの歴史をなぞることができる形で伝承されてきたというのが、この南部地方のイタコが他と違うところだと思います。それが南部”伝承”イタコ、という意味です。

T: つまり、誰でも勝手に自己申告制でイタコになれるのではなく、きちんと師匠について修行してはじめて「イタコ」を名乗れるということですね。逆に言うと、南部伝承イタコは、そういうちゃんとした修行を経て伝承されないとなることができない由緒あるイタコ、ということか。

E: 松田が6代目の南部伝承イタコで、いま現在は最後のひとりです。

T: 後継者がいないんですね。

E: 絶えるか、続くかの瀬戸際でございます。