東北STANDARD

カネイリミュージアムショップ

協賛: キヤノンマーケティングジャパン株式会社

岩手県盛岡市

東北、ぞわぞわ感、鹿ー田附勝さん、語る。

ぞわぞわする、東北。

金入健雄(株式会社 金入/東北STANDARD 代表/以下、金):
ありがとうございます。岩手の伝統芸能の話、気になりますね。
ですけど、後半にちょっと取っておきつつ、田附さんお願いできますか?

田附勝(以下、田):
はい。まずはざっくり言うと、ぼくは写真を撮っています。この会場に「DECOTORA」っていう写真集があると思いますが、ぼくのデビュー作はデコトラ。つまりトラック野郎、トラックを飾って生活している人たちを9年間撮り続けた写真集です。彼らを撮るために、ぼくは全国をずっと回ってきました。9年間。全国って言っても九州はあんまり行ってないけど。2006年くらいの時にぼくは東北を回っていて、その時に何か体が感じていることに気づいたんだよね。それは言葉にできない「ぞわぞわ感」みたいなもので、一体これは何だろうと思って。日本の写真家にも、60年代や70年代に、東北を撮られている方が何人かいますし、岡本太郎とか、ちょっとマニアックな方だと濱谷浩とか、内藤正敏っていう写真家もいたりするんですけど、そういう写真の巨人みたいな人たちが70年代に東北を撮ってたんですね。その方たちは、ぼくらがいつも感じられない東北を撮っていて、ぼくもまた、なにかそういうことを感じたんですよね。それがぞわぞわ感だったと思うんですけど、2000年代の東北にも変わらずにそういうものがあるはずだ、という断定をして、その感覚を元に東北の写真を撮る方向へ向かっていくということになるんです。それで2006年から東北を回ります。そしてできたのが「東北」っていう写真集なんですけど、2006年から2011年の2月までを撮ってます。その過程で夏屋の鹿踊に出会うわけなんです。
まずぼくは”東北”に携わるにあたって、東北のことをどう感じるか、ぼくが感じた「ぞわぞわ感」が何なのかっていうのを紐解いていかなくちゃいけないんだけど、その時に、動物的な、生と死、そういうものが東北に眠ってるんじゃねえか、って感じてた。だから、ぼくは岩手の釡石の鹿猟をしている方に出会って、11月15日の猟期の始まりから2月28日で猟期の終わりまで、彼の猟にたずさわった。まあ鹿猟ってことだから山に入るんだけど、もちろん「今」の時間で山に入るんだけど、その山はさ、なんというか太古の感覚というか、そういうものを覚えてるんじゃないかなと思った。人間が山に入って猟をするっていう行為はずっと歴史的に積み重なっていて、その積み重なりの上に今の鹿猟がある。太古からある。その上に立ってぼくは写真を撮りたいって感じて、だから何度も何度も岩手に通うんですよね。
そういうことをやっている内に鹿踊に出会って。岩手は鹿に対して何を感じているのかなって気になって、花巻の方の鹿踊とか、本当に北から南まで鹿踊ってあるんでしょうけど、その時のぼくは鹿踊を踊っている姿を撮ってもしょうがないかな、って思っていた。なんというか、そういう佇まいの、恐ろしさとか、怖さ......要は俺は、これはある意味では化け物だと思ってるわけ。仮面を被るってさ、化け物っていうか、人間が動物でも人間でもないものに変化することだって思ってるから。それで、それを象徴できる踊り手の人がいないのかな、って思ってた時に田野畑村の人と出会ったんです。

夏屋の鹿踊との出会い。

小岩秀太郎(以下、小):
そもそも鹿踊って、こういう鹿の角をつけて、背中に長い3メートルくらいの竹をつけて踊る鹿踊とか、体の前に長い「幕」っていうのをぺろってつけて手で持って踊る踊とふたつにわかれるんですよね。
鹿頭も、デフォルメされているやつと写実的なやつとあるのかと思うんですけど、写実的な鹿頭ってないんですよね。

田:
そう。俺はまったく知らなかったから。本当に無いのかなって思ったときに沿岸部の(岩手県下閉伊郡)田野畑村の菅窪(すげのくぼ)を知るんですよ、菅窪鹿踊の鹿頭は、写実的でしゅっとしてる。

小:
黒くて、鹿らしい。

田:
そう。それでぼくは教育委員会とかに電話するんですよ。いきなり。こういうのが撮りたいんですけど、って。そしたらすげえ嫌な感じで断られて。向こうからしたらまあめんどくさいですよね。でもやっぱり見たいなって思って、タイミングもなんか合わなくて......。

小:
田野畑って東京とかから来ると一番遠いですよね。

田:
遠いね。高速で行ってもどっちから降りても、遠い。

小:
1日がかりですよね。

田:
そう、思い出した!なんで辿りつかなったかというと、一時期高速代が1000円っていう時あったでしょ。あの時とちょうどぶつかってて。そしたら福島あたりで大渋滞で行けなかったんだよね。行事に。だから結局そういう断られているというか、縁がないのかな、なんか違うなーって思って。それで探してたんですよ、そしたら(岩手県宮古市)夏屋の鹿踊に出会った。文献読んでたら見つけた。それでまた夏屋の方に電話をかけて。そしたら今はこの鹿頭では踊ってないけど、でもその鹿頭はあるよ、と。

小:
それは、びっくりな話ですよね。

田:
俺のことだからいつもそうなんだけど、踊ってなくても鹿頭があるなら、それでもいいから見たいと。そう話したら、その鹿頭をつけてみんなで公民館で練習するから来ればってなって。ぼくはお酒飲まないんだけど、焼酎持って行って「どうもこんにちはー」みたいな感じで、焼酎をドンと置いて。いつもそういう感じなんだけど。
小岩くんは知ってると思うけど、この夏屋の鹿頭と比べると、今の鹿頭ってもっとちっちゃいでしょ?

小:
そうですね。いまは大体デフォルメされてるから。鹿頭はやっぱり人間が作るものだから、化け物っていうか、だんだんデフォルメされてくるんですよね。でも実は、ぼくは「鹿馬鹿」って言われるくらい色んな鹿踊を見てきたんですけど、夏屋にこんな鹿頭がいまも残っているってことはこの田附さんの写真で知ったんですよね。

田:
いや、俺もすごい衝撃的だったの。いまは凄い簡略化されてるもんね、軽いし。

小:
うん。

田:
何でかっていうと、高齢化の波なんだよ。この夏屋の鹿頭は本当に重い。持たせてもらったけど本当に重い。それで「いや、重いのはわかりますけど踊ってくださいよー」みたいな。今考えるとすげーこと言ってんなーって思うけど。

小:
音無しですか?

田:
いや、音有りで。この面は普段は仕舞ってあるのね。ほら良く資料館みたいなところにあるガラスの棚みたいなところに。

小:
昔は使っていたんだけど、今は引退させていた。芸能って言ったらずっと同じものを作り続けるのが本当なんだけど、いきなり変えちゃってる。それも凄い話だけど。

田:
そうそう。「それで踊ってくれ」と。そしたら「わかった」と。ただ、「重いから一回だけだぞ」って。それで俺も緊張感あるのね。

小:
かっこいい......。

田:
その出会いが重要で、まあその踊ってるところを撮るんだけど、それは言い方悪いけど、写真家としてはフリだよね。もちろんね。まあ、その、セッション。で、俺はこの鹿頭の佇まいが絶対凄いと思ってたから、最後にこれを撮らせてもらって。そうしてこの写真が出来上がって。
で、この人たちは面を外した時に「やっぱりいいなあ」って言ったのよ。「やっぱりこれは重いけど、これで踊るといいなあ」って言って。それをきっかけにどんどん回想していくのよ。「お盆の時におばあちゃんが踊ったのかっこよかったなあ」とか。「おばあちゃんなら、今でもこの鹿頭で踊って欲しいっていうだろうな。これからどうしようかな」って話をしてた。まあ、だからと言って今、この面で踊ってるわけではないと思うけど。

小:
後継者の問題もありますしね。

田:
なんつうのかな、俺の中では結論っぽいことを言っちゃうけど、後継者とかそういうのはどうでもいいんだよ。逆に何でそんなこと言えるかっていうのは外部の人間だからね。消えてしまうものは消えて良いって思うわけ。例えば夏屋の話にしてもさ、この写真を撮るために彼らは面を被って、踊ったわけなんだけどさ、その瞬間にさ、過去の記憶に振り戻されるわけよ。もしかしたら震災の時と同じように。

小:
そうですね。

田:
かぶった時にその時のことを思い出す。結局そういう風に振り戻された一人が、誰かに繋げていくってことだよね。

小:
うん、そうですね。

獣の姿をして、墓の前で踊るということ。

田:
岩手ってなんかやたらと鹿と密接というか。岩泉町の釡津田という山の中に行ったんですけど。全然良い道路がないでしょ?小さい道路しかなくて。

小:
そうですね。とにかく山ばっかり。耕す土地も無いようなところで、獣を獲りながら生活しているような人が住んでいたところですよね。

田:
そうそう。その時に車で走ってたら、小熊が横切ったの。俺はさ、その時に「すげえ、本当に動物の街に来た」って思ったの。ほら、鹿踊って動物の踊りじゃん。それで釡津田の鹿踊はさ、お墓の前で踊るじゃない?墓踊りって言うの?

小:
鹿踊って基本的には供養の時に踊る踊りなので、お盆の時期と七夕......七夕っていうのはお盆の 入りですね。そこで先祖を呼んで、そして帰すというのがお盆なんですけど、その時にやるのが鹿 踊という芸能ですね。

田:
鹿踊ってさ、街でも踊ったりするじゃん。

小:
そう、観光的に。派手だし。

田:
俺はぶっちゃけ、あれはつまんないなーって思ってたの。実際さ、外から来たものにとっては理解できないからさ。激しい踊りでかっこいいのはわかるけど、なんだかわかんねーよ、ってずっと思ってたの。
夏屋の時はこの顔で踊られるからこっちも高揚するし、彼らもスイッチが入っているし。釡津田の墓の前で踊るっていう時には、ちょうど山があってその頂上にお墓があるわけ。そのお墓が山の上から集落を見ているわけ。そこに鹿踊の人が行く。それはちょっと泣けるなって。先祖のために、動物が、動物とは言えないような怪物がそこで踊るっていう、一頭ずつというべきか一人ずつというべきかわからないけど、お墓の前でお供えとして踊る姿を見ていると、ああ、これが本当の鹿踊の姿なんだなって。その踊り手が誰のために舞っているのか、どういう状況や気持ちで舞っているのかっていうのがわかった時の、その鹿踊の素晴らしさ......。人間と動物が一体となれる岩手、ということを凄い理解できた。

小:
大体初盆の時か新盆の時に、位牌を出してもらってお墓の前で踊る、というのは岩手では良くあります。80団体くらいありますけど、その中の半分くらいは誰に言われることもなくやってますね。もし見たいと思ったのなら、お盆の時期に適当にどこかの村に行って、亡くなった方の家の近くに行って見ていると、どこからともなくこういう鹿踊が続々とやってきて歌を歌って踊りを踊って帰っていくということがあります。そのことはたぶんそんなに知られてませんね。
見たら泣けてくるっていうのはなんでかなって思うんですけど、ぼくが思うには、人間が拝んでいるのを見ても別に泣けてこない。だって知らない人だし。でも妙なことで、獣の格好をして墓の前で踊っているのを見ると、こっちのイマジネーションのせいもあるんですけど、泣けてくるんですよね。凄いですよね、あれは。

田:
だから、その光景がちゃんとセットされると、外部の人もちゃんと想像できるし、その想像させる空間を、踊りと土地が一緒に作っているということが凄い大事だと思う。なんだろう、俺はそういう風に、岩手の鹿は特別だと思う。