東北STANDARD

カネイリミュージアムショップ

協賛: キヤノンマーケティングジャパン株式会社

青森県八戸市

東北スタンダード13 デコトラ

2017年2月11日、夜明け前。 ぼくたちは雪がちらつく仙台から、山形県の上山市(かみのやまし)を目指して車を走らせる。
夜が明け、その城下町に近づくにつれ雪は勢いを増し、目的地である「月岡ホテル」の駐車場に車を停めた時には、上山市は深い雪に包まれていた。
ぼくたちは膝下まで積もった雪の中を歩きながら、神様の使者たちが集まっている月岡ホテルの宴会場に向かう。

——「カセ鳥」 この町で約380年前に発祥し、失われ、そして再び復活した奇習。 その姿を一目見るために、ぼくたちはこの街を訪れたのだった。

一日だけ神様になれる日。

10:00
祝詞が終わり、さらし姿の参加者たちが上山城前の石段の上に並ぶ。
晴れ間は見えたものの、雪は変わらず降り続け、裸同然の彼らは見るからに寒そう。
しかし、古参とみられる参加者は、寒さに慣れているのか顔色を変えず、凛とした表情で前に集まる観衆を見つめている。
相変わらす間違いの多い参加者紹介のアナウンスが、ひとりひとりの名前を読み上げ、参加者たちは大きな声で返事をする。
そしていよいよケンダイをまとい、人間としての個性は奪われ、神様の使者となる。

大きな声で歌い、踊りながら、焚き火の周りをぐるぐると回り始める。
カッカッカーのカッカッカー。
奇習が始まる。

いつの間にか、町にはたくさんの人が外に出ていて、こんなにも人がいるんだと、その賑わいに軽く驚く。
カセ鳥は町を練り歩きながら、ときたま足を止めて輪になって踊る。
町民たちは手拍子をしながら歌を一緒に歌い、極寒の中でも容赦無く水をかけ、ケンダイから藁を抜き取り子供の髪に結わいている。
ああ、髪と神をかけているのかな、といまさらながらに気づく。豊穣の髪。

いつしか再び空は曇り、降り積もる雪とかけられる水が、カセ鳥たちのケンダイを重く濡らしていく。もともとの重さは3~4kgだそうだが、水を吸うと10kg以上に重くなるという。
カセ鳥たちの息は白く、それでも水は容赦なくかけられる。せめてもの反撃のように、濡れたカセ鳥たちは体を揺すって、水をかけた人に冷水を浴びせ返す。歌い、踊り、練り歩き、街の隅から隅まで神様の使者たちはその姿を現していく。

時が経つにつれて寒さは増し、びしょ濡れのケンダイから水を滴らせ、わらじの中の指先は凍てついている。カセ鳥たちの指は、手も足も共に凍てつき、トイレに行くこともできなくなるという。

再び降ってきた雪の勢いに負けぬように、カセ鳥たちの歌も迫力を増していく。極限の寒さの中、蓑の中の彼らには本当に神が降りているのかもしれない。
かつてバッハは、繰り返される旋律が人間を天国に誘うと考え、教会音楽として「小フーガ」を作ったとされる。
繰り返される歌、くるくると回り続ける踊り、体温は奪われ、体温の低下は錯乱を生む。寒さにより感覚が、ケンダイにより個性が、振舞われる酒により理性が、それぞれを失った彼らが「人ではない何か」になる瞬間、一体何を見るのだろうか。

鈴木邦男 初代会長
「カセ鳥はね、神になる。神様が降臨する。上の方からね、神様が降りてくるんです。だから、1日だけ神様になるんですね」